「廃屋」の事務所で、ひとり孤独に作業をしていた。
1階の入り口の方で、誰かを呼んでいる声が聞こえた。
大家さんに用なのだろうと思い、無視した。
今日は土曜日なので、大家さんは来ない。
居ないとわかれば、すぐに帰るだろう。
そのまま作業に没頭していた。
しばらくすると、2階の私の事務所のドアの向こう側から、はっきりとした呼び声が聞こえた。
大家さんを探して2階に上がってきてしまったのだろう。
仕方なく立ちあがって、ドアを開けた。
そこには、長袖のシャツにしわしわのジーパンをはいた40代の女性が立っていた。
しつこく大家さんを探しているところをみると、NHxの集金だろうか?
事務所にテレビは置いてない。
早々に帰ってもらおうと思った。
「マエダさんに、ここでパソコンを診てもらえると聞いたんで・・・」
ネット事業のためだけの事務所で、パソコン修理などやっていない。
名刺もここらには配ってないし、「パソコン修理」の看板も出していない。
郵便ポストに事務所名と私の名前の表示があるだけだ。
おそらく大家さんあたりからパソコンに詳しいという話が伝わって、いつの間にかパソコン修理をやっているという噂になってしまったのだろう。
私は「マエダさん」を知らないが、ご近所に住んでいるオバサンなのではないだろうか。
ご近所の「マエダさん」が彼女に相談を受けて、それならあそこで・・・と言われたのかもしれない。(あくまで推測)
前にも書いたが、私は「不意打ち」に弱い。
「あ、はい、はい、はい」と反射的に答えてしまい、「にわかパソコン修理屋さん」をやることになった。
日本の「ご近所さん」情報ネットワークは、存在しないものまで存在させてしまう。(^_^;;;
--------言霊の力か?
しどろもどろのまま、持参してきたノートパソコンの電源を入れて、動作を確認した。
ひととおりどういった現象なのか確認して、ノートパソコンを操作したがどこもおかしくない。
パソコン初心者によくある勘違いで、故障でも何でもなかった。
なぜこういう動作なのかを説明して、納得してもらった。
彼女はお礼を言い、恐るおそる料金について聞いてきた。
「いや、いいです。いいです。いらないです」
私は何度もお辞儀をして、ドアが早く閉まってくれるのを願った。
自分では「秘密の隠れ家」だと思っていたのだが、ご近所さんは見ているのだと痛感した。
ちょうど事件が起きてニュースになっているが、怪しい中年男がうろついているという噂が立たないように気をつけよう・・・・・