私が独立開業を目指すようになったのは、実は会社の同僚の影響である。
FX取引のことを知ったのも、青色申告で65万円控除があることなども、雑学的な知識にあふれた彼のおしゃべりの中で出てきた話題だった。
彼の口癖は「絶対、いつかここから抜け出すよー」だ。
つまり会社を辞めて自分で稼ぐという意味である。
もう口癖で毎日聞かされている。
彼とはプライベートでの付き合いは全くないが、彼の無駄話は裏ワザ的な話題が多く、少し変わっている。
いまは外国の会社がやっている広告クリックで報酬を得る副業をやっているらしい。
仕組みはよくわからないが、自分でクリックする以外にクリック仲間を募集して分け前を払うことでクリック数を増やすことができるらしい。
ただクリック単価が安いので、独立開業するような事業ではないようだ。
今月は何千円儲けたとか、こちらが訊いていないのに話してくる。
私も愛社精神など持ち合わせていないので、「ここから抜け出したい」という思いは共通している。
だが、彼には開業届をだしてサラリーマン兼業をしていることも事務所を持ったことも彼には知らせていない。
毎日のように退職して独立したいという彼は、10年たった今もサラリーマンをやっている。
いつまでも実行されないのを間近でみていると、自分の鏡を見ているようで嫌だった。
自分も口先だけで終わってしまうのではないか?
「会社を辞める」も実行しなければ、ただ愚痴を言っているにすぎないのではないか?
資金や顧客獲得の問題はあっても、できることはないのか?
その危機感というか自己嫌悪が、売上も仕事もほとんどない状態で事務所を開設する大きな動機となっている。
私は自分で試行錯誤しながら実行していき、自分自身の努力で事務所まで開設した。
それなりに費用をかけている。
彼は退職して独立するといっているが、何をやりたいのかわからない。
開業資金が貯まっているようには見えないし、私のように事務所を持っているわけでもない。
彼はオタク的な趣味も多く、貯金ができていないのだろう。
何事もリスクがある。
なかなか決断がつかないとしても、前準備くらいはできる。
貯金をするのも立派な準備だ。
彼は口先だけで実行力がない。
ひたすら2ちゃんねるや情報商材をあさって、知識を仕入れているだけ。
「夜の仕事」で少し疲れていたためか、すこしイラついていたのだろう。
思わず言葉が口をついて出てしまった。
「いつ退職して開業するの?もう決まっているのだろう?」
「いやぁー、もうそろそろっすわー、準備ができたらすぐに・・・」
「事務所の場所は見つけたか?概算でも資金計画はたてているんだろう?事業計画がないと銀行が貸してくれないだろう。アイディアレベルでも計画書は作成済みだよな?それとも無計画?」
彼はもごもご言いながら、パソコン画面に向き直って仕事を再開した。
言わなくていいことを言ってしまったと、ひどく後悔した。
事務所を構えたとはいえ、まだサラリーマン兼業のままの自分にそんなことをいう資格はない。
だが、彼の場合、「独立開業」は不満解消のための愚痴と割り切って、定年退職したほうが、幸せなのではないかと思う。
「夢」を持てれば、たいていのことは耐えていける。
私のような仕事のない個人事業主になるよりはマシだろう。(^_^;;;